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東京高等裁判所 平成4年(ラ)498号 決定

抗告人

松本康嗣

右代理人弁護士

布施誠司

木川統一郎

小山利男

三輪泰二

大森八十香

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  本件記録によれば、抗告人は、申立外宗教法人世界救世教(以下「教団」という。)及び申立外川合輝明(以下「川合」という。)両名を債務者として、静岡地方裁判所沼津支部に「1本案判決確定に至るまで、教団において川合は代表役員の職務(ただし、教務は除く)を執行してはならない。2右の期間中、債務者教団は、債務者川合に右職務を執行させてはならない。3右職務執行停止中、職務代行者を選任する。」との趣旨の仮処分申請をなした(同裁判所同支部平成二年(ヨ)第一三号代表役員職務執行停止職務代行者選任仮処分申請事件)ところ、同裁判所同支部は、平成二年一〇月八日、申請の趣旨1及び2と同趣旨並びに申請の趣旨3につき「右職務執行停止期間中、職務代行者をして右職務を代行させ、職務代行者に弁護士内田文喬を選任する。職務代行者が常務外行為をするについては裁判所の許可を要する。」との趣旨を主文とする仮処分命令を発した。

これにより選任された代表役員職務代行者(弁護士)内田文喬(以下、単に「職務代行者」という。)は、平成四年五月二八日、同裁判所同支部(原裁判所)に、職務代行者が教団の職員に支給する平成四年度夏季賞与に充てる使途をもって、株式会社三和銀行(取扱店・三島支店)から一二億円の借入行為(借入条件は、①実行期日は平成四年六月末日予定、②借入期間は平成四年六月から同五年一月まで、③返済方法は一か月据え置き、六回均等分割弁済、④平成四年八月より毎月二億円の支払い、⑤支配利息は基準金利6.25パーセント(変動金利型)とする。)をするにつき、これが常務外行為であるとして原裁判所に右行為の許可申請をしたところ、原裁判所は、平成四年六月一一日、右一二億円の借入行為(以下「本件借入」ないし「本件借入行為」という。)を許可する旨の決定をしたことは、明らかである。

2  抗告人は、右許可申請を認可した原決定に対して本件抗告を申し立てた。その抗告の理由とするところは、要するに、現に前記仮処分の本案訴訟が係属しており(静岡地方裁判所沼津支部平成二年(ワ)第六〇号、同三年(ワ)第一九二号地位確認請求事件、同参加申立事件)、同訴訟においては、抗告人が原告、川合並びに教団が被告及び民訴法七一条に基づき訴訟参加した中村力の三者三つ巴で、誰が教団の真の実体上の代表者であるか、抗告人か、仮処分により職務執行を停止された川合か、もしくは、本案訴訟の参加人たる中村力かが、争われているところ、抗告人が、本案訴訟で勝訴して教団の代表者(代表役員代務者)であると認める判決を受けたとしても、仮処分で選任された職務代行者が、次々と担保権設定または担保権設定せずしての借入行為の許可を受け、結局、職務代行者が就任してから僅かの間に合計三四件の常務外行為の許可申請がされ、仮処分裁判所による許可決定がされており、これにより一一七億円もの借入債務が発生するに至っており、その返済額はわずかでしかなく、これら債務に職務代行者が就任する以前からの既存の教団の借入債務を併せると、教団には巨額の借入債務があることとなる。そうすると、抗告人が本案訴訟で勝訴し、判決により抗告人が教団の真の実体上の代表役員(代務者)としての地位を確認されても、そのころには、教団の資産は何も残っていない状態になることが危惧され、これは、将来の本案訴訟の勝訴者たる抗告人の実体上の資産についての管理処分権の侵害となるというのであり、このため、抗告人は、本件借入行為の許可決定により権利侵害を受けるものとして、右許可の裁判に対して非訟事件手続法一三二条の五第二項の類推解釈により抗告人が即時抗告権を有するものと主張しているものと理解できる。

3  案ずるに、教団が宗教法人法に基づき設立された法人であり、この設立が無効であると確定されない限りは、教団の借入債務は教団に帰属し、その代表者個人に帰属するものではないのであるから、仮に、抗告人が近い将来、教団の代表者(代表役員代務者)と確認されたとしても、その間、職務代行者が裁判所の許可を得て教団への融資を受けた常務外の借入行為の結果としての借入債務は教団に帰属するのであって、職務代行者に帰属するわけでも、終局的に地位の回復が認められ復帰した代表役員(代務者)個人に帰属するものでもないはずである。

もっとも、抗告人の主張するところは、自分こそ実体上の教団の正当な代表者であり、かつ、教団の実質上のオーナーであるから、実際には本件借入行為は抗告人個人の権利に影響を及ぼすというのであるかもしれない。しかし、これでは宗教法人法に則って設立され組織化され、同法の保護のもとにある教団の法人格を否認する見地に立つこととなる。抗告人とて、教団の団体としての存在を前提として、その代表役員(代務者)を解任されたのは無効であるとして本案訴訟において地位確認を求め、これに先立ち抗告人が申請した本件仮処分事件においても、裁判所は右管理処分権能を被保全権利として前記仮処分命令を発していることからすれば、教団の法人格を否認して、抗告人個人が実質上の教団そのものであるとか、依然、教団の実体上の代表権及び管理処分権能を保有しているとまでは主張するものではないであろうと察せられる。また、事実、記録上に現れた教団の存在、性格からして、直ちに、そのような見解を肯認することはできない。

4  右許可申請に係わる本件借入対象とされる金一二億円についてみると、その全額の使途が教団が雇用している従業員の賞与の支払に充てることに限定されており、その限度で、裁判所はその許可決定をしているのであって、教団が法人として組織機構を有し全国で二五〇〇人もの職員をかかえる団体である以上、当然所要の賞与支給金が必要であることも察せられるところである。しかも、右許可の申請権者であり申請義務者である者は当該選任された職務代行者だけであり、したがって、その許可決定の宛名人も教団の職務代行者自身である。しかし、右原裁判所の許可を受けたうえで実際に融資を受ける株式会社三和銀行との間でなす金員消費貸借関係は、貸主を同銀行、借主を法人たる教団(代表者職務代行者)に対して貸付実行するものであり、職務代行者から原裁判所に対する借入許可申請においても、教団自体の資産、運営費から弁済に充てることや分割弁済方法も特定されており、同銀行は、この条件のもとに貸付けることとされ、それを裁判所の許可条件に従い返済していくことになるのである。したがって、本件仮処分中にこのようにしてされた教団の職務代行者による借入行為の結果としての借入債務は、仮に、本案訴訟で抗告人の勝訴判決が確定し、抗告人が教団の代表役員代務者に復帰することがあったとしても、その際、これを右代表役員代務者たる抗告人個人が承継するとか、右債務負担につき抗告人の個人責任が追及されるといった虞れはない。本件仮処分債権者たる抗告人としては、このような職務代行者を選任し、かつ、常務外行為に裁判所の許可を要するとした本件仮処分命令自体を異議の申立て等により争うのであればともかく、この結果には一応満足していながら、裁判所の裁量により選任された職務代行者の逐次の具体的許可申請に対する裁判所の認許の裁判だけに不服をいう権益があるかは、極めて疑問とするところであって、これを消極に解するを相当とする。もし、実際に選定された職務代行者の職務行為が恣意的で教団のためにならない状況を生じているというのであれば、職務代行者の選任変更について裁判所の職権発動を促すなり、事情変更による仮処分命令の取消ないし変更を求めることはできよう。

5  抗告人は、本件許可申請が非訟事件手続法一三二条の五第二項の類推解釈により、右申請に対する許可の裁判に対して即時抗告をすることができると主張し、これを前提として、抗告人に即時抗告の権利が当然あるべきという。しかしながら、そもそも、同条項による許可の裁判は、商法二七一条一項但書の規定に基づいてされた職務代行者の常務外行為についての許可申請に対するものであり、これには商法二七〇条の適用される場合であることが前提となっているはずであるが、右商法二七〇条の規定が株式会社以外の法人に準用される場合については、特に個々の法律において明定されている場合に限られるのであって(例えば有限会社法三二条、中小企業等協同組合法五四条、信用金庫法四九条、保険法六〇条、商品取引所法七一条等)、宗教法人法には、同条を準用する旨の規定はないことは明らかである。したがって、準用規定すら置いていない法人の場合には、当然前記法条を類推適用できることにはならないはずである。そもそも、本件仮処分命令は、民訴法七六〇条所定の仮の地位を定める仮処分として発せられたものであり、仮に仮処分命令の定めるところに従ってされた職務代行者による個別具体的な常務外行為の許可申請に対する裁判所の認許の裁判に対する不服についてだけは、非訟事件手続法一三二条ノ五第二項が類推適用されうる余地があるとしても、そもそも、同条の規定には、同条に基づく許可の裁判に対する抗告権者は明定されておらず、同条の解釈上も、仮処分債権者はこの抗告権者とはなりえないと解するのが通説であり異説をみないところである。そうすると、この点に関する抗告人の解釈を採っても、その主張する仮処分債権者たる抗告人に本件抗告権があるとの結論へ導くことはできない。結局、抗告人の右見解を採用することはできないのである。

6 なお、抗告人の本件抗告が、職務代行者による常務外行為の許可申請に対する裁判所の許可の裁判を不服として非訟事件手続法二〇条一項に基づくものであると解するとしても、抗告人の地位、権利関係が前示のようなものであり、かつ、本件仮処分により、本案判決確定までの期間中教団の代表役員たる職務代行者が選任されており、教団を代表してその職務執行にあたっている現状にあっては、職務執行停止された代表役員川合はもとより、それ以前に代表役員代務者であったが解任された抗告人が、従前の地位の確認を求める本案訴訟でその地位が確認されるまでの間、教団の代表権ないし資産についての管理処分権能を有するものとはいえないものであり、また、本件借入がこれにより金融機関から借入実行される一二億円の使途も前示のように教団職員に支給する賞与に限られるのであるから、これを許可した原決定によって、抗告人の権利が無効とされたり客観的に侵害されたとか、その他、右決定により直接にその法的地位に不利益を与えられたものといえないことは、先に検討したとおりである。そうすると、抗告人は、非訟事件手続法二〇条一項にいう、自己の「権利ヲ害セラレタリトスル者」にあたるとはいえないから、本件抗告を申立てる権益はないものといわざるをえない。したがって、この点でも結論は異ならないことになる。

7  なお、抗告人は、抗告人に対して本件借入許可の裁判の告知がない点をも原決定の手続的違法であると主張する。しかし、そもそも、本件抗告においては、抗告人自身に抗告権のないこと前示のとおりであるから、決定の告知の要がないことはいうまでもない。仮に抗告人の指摘する非訟事件手続法一三二条ノ五第二項の解釈によっても、仮処分債権者についてはこれを否定に解するのが定説であって異論をみないのであるから、その結論に変わりはないことになる。

したがって、抗告人に対する右決定の告知欠如の主張は、その前提を欠くものとして、これを採用の限りでない。

三以上検討したところによれば、結局、抗告人は本件抗告の申立権益のないものといわざるをえず、したがって、抗告人から申し立てられた本件抗告は不適法として却下を免れない。よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官伊藤瑩子 裁判官福島節男)

別紙即時抗告の趣旨、抗告の理由(一)(二)〈省略〉

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